これからの闘いのキーワードは情報公開

東京HIV訴訟原告団副代表 川田 龍平

大阪と東京で提訴された薬害エイズ訴訟は、今年3月和解が成立しました。多くの人たちが自分自身の問題として闘いに加わってくださったことがとてもうれしいです。でも、被害者のうちすでに400人以上の人が亡くなり、その多くが僕と同年代以下の子供たちだという事実に変わりはないのです。被害者たちは今も4日に1人の割合でひっそりと殺されていっています。

僕たちが一番求めていたのは、この薬害を引き起こした責任の明確化と謝罪です。2月16日、被害者や支援者たちのすわりこみによって、菅直人厚生大臣は、国の責任を認め謝罪しました。命と人権を守る闘いのなかで戦後50年間認めさせることのできなかった国の責任を認めさせたということは、ほんとうに大きなものを勝ち取ったのだと思います。

それから、被告製薬企業5社のうち1社だけですが、ミドリ十字の責任=加害責任を認めさせたのも大きな成果だと思います。ミドリ十字の役員たちが土下座するシーンをテレビなどで見た方も多いと思います。それは、僕の母親が叫んだあとに映し出されていてまるで母が土下座させたように見えますが、実際はまったく違います。ミドリ十字の河野社長は、最初、心もこもらず用意されていた文章をただ読むだけで、責任についてもあいまいなものでした。僕たち原告は怒って、きちんと謝罪するように迫ったのです。その時、原告の一人が「土下座くらいしたらどないねん」と言うと、河野社長はツツツーと前に出てきて、土下座しようとしたのです。母はそれを制して、「土下座する前にきちんと責任を認めなさい」と迫りました。河野社長はしばらくその場に突っ立ったまま動きませんでした。結局1時間半かかって、ようやくミドリ十字は加害責任を認め、あの土下座という場面になったのでした。

この加害責任を認めさせたということは、被害発生の責任、被害を被らせた責任をとるということです。被害者の完全救済まで責任をもってやるということで、非常に大事なことです。水俣病やスモン薬害で企業が認めたのは、救済責任だけでした。救済責任だけでは、「かわいそうだから助けてあげよう」ということにとどまってしまうのです。

和解確認書の調印にあたって僕は発言しましたが、確認書の中には「謝罪」という言葉は盛り込めず、「衷心よりお詫び」となっています。そのことがとても悔しいです。裁判所は「謝罪」も「お詫び」も同じことですし、スモン、サリドマイドでは『遺憾の意(残念に思う)』なのだから、「衷心よりお詫び」は画期的なことだと言ってきました。しかし、僕たちにとっては「謝罪」と「お詫び」は違うもので、たとえ同じものだとしてもそれではなぜ「謝罪」ではいけないかという理由がわからず、納得がいかないのです。

裁判上の和解は成立しましたが、僕たちの要求したものはすべて勝ち取れていません。一番の要求項目であった責任の明確化と「謝罪」も取れませんでした。1人当たり4500万の一時金は安すぎます。発症して働けなくなってから、月15万円でどうやって1人で生きていけというのでしょうか。

一刻をあらそう治療体制の整備もいっこうに進んでいません。僕の友達の神奈川県の高校生(17)はカリニ肺炎で入院しています。かつてはエイズを発症した患者の死亡要因となる感染症の第一位がカリニ肺炎でした。しかし、今は最高の治療が受けられれば、カリニ肺炎は予防できるのです。神奈川県ですらこうした状況で、被害者たちは治療のために北海道や沖縄など全国から東京にやって来なければならないのです。エイズの最先端の治療ができる医師が少なくて、治療のための情報ネットワークの整備もされていません。地元で治療を受けられるようにならなければ、被害者たちは生きていかれないのです。

被害者遺族への弔慰事業の問題もあります。親が被害者で亡くなっている場合、残された子供たちの生活費の問題は深刻です。でも、これは薬害エイズの被害者だけの問題ではありません。日本全体の福祉が貧困のため、被害者にとってさらに過酷になっているわけで、国民一人一人の問題でもあるのです。

責任の明確化も進んでいません。だれが悪かったのか、なぜこういうことが起こったのか、真相は謎のままです。国会での真相究明でも、ようやく証人喚問が行われましたが、厚生省のすべての資料が公開されずに行われていて、責任の擦り付け合いに終わってしまいました。これで終わりにしては絶対にだめです。

僕が薬害防止のためにこれから必要なことは、情報公開だと思います。薬害エイズも、医者などの専門家が知識や情報を公開していなかったために起こった被害です。僕たち被害者は、血液製剤の危険性を知っていれば使わなかったのです。厚生省も血液製剤が危険だということを知っていたのに国民に伝えませんでした。

情報が公開されることが前提条件です。一人一人の人間が独立して自由で対等な関係であることが大切だと思います。医者と患者、行政と国民の関係のおいて、患者や国民は自分で考え判断できる情報を持っているでしょうか。

僕は支援者の人に「薬害エイズの問題を知ってから、病院で『この薬は何の薬ですか』と聞くようになった」と言われました。また、最近は薬のことが分かる本がよく売れています。この事も薬害エイズの闘いをしてよかったと思うことです。

5月から厚生省との和解協議がはじまっています。僕は、これも公開の場でやるべきだと思っています。何度か厚生省との協議に出席しましたが、厚生省の態度はまったく反省していません。和解で確認したことでも、厚生省や企業が積極的にやるというものではありません。ほんとうの解決を勝ち取るためには、運動をしていかなければならないのです。

この1年間みんなと闘ってきて、自由や独立は闘って勝ち取ってきたもの、権利は守っていかなければならないものと考えるようになりました。今後の闘いのキーワードは、情報公開だと思います。今振り返ってみると、僕の実名公表は僕自身の情報公開だったのかなと思います。厚生省の資料を公開させること、和解協議を公開の場で行うこと、HIV感染を隠さずに地域社会の中で生活することなど、すべて情報公開が絡んできます。

カナダに来て感じたことは、今までの運動はおとなしすぎたのではないかということです。もっと積極的に自分の意見をアピールしてもよいと思いました。これからも、楽しく生きるためにいっしょにがんばりましょう。

1996年7月25日