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■開かれた歴史教育をめざして(1997/02/01)

 今年は1月11日から講演活動をはじめた。母親のようなスケジュールでの講演活動は身体的に無理だが、月に5回くらいのペースで続けていきたいと思う。講演や取材などで、いろいろな人と知り合い、話をすることで学ぶことがたくさんある。11日の“人間と性”教育研究協議会のセミナーでは、憲法学者の奥平康弘氏の講演を聴いた。女性の権利向上が人間全体の権利を引き上げるという話で、考えさせられた。日本の多くの男性は、ドイツより1年間に2ヶ月以上多く働いているのに、それでも豊かな生活ができない。それは、男性よりずっと賃金の低い女性がいるために、「自分たちは女性に比べればまだましなほうだ」と考えてしまうからではないかと思う。江戸時代の身分制度が廃止されるときに一番強く抵抗をしたのは貧しい農民層だったという。「えた・非人」の差別の問題は部落差別の問題として現代にも残っているが、農民たちが自分たちより下の層がなくなることに反対したことは、現代の女性差別の問題と同じだと思った。現代は男性が社会で受ける不平等や不自由などの抑圧を、力の弱い女性や子ども、老人、身体障害者に対して向けているように感じる。女性の権利を男性と同等にする権利向上は、女性だけの問題ではなく、男性も自分たちの権利向上につながるのではないかと思った。

 去年の成人の日は、座り込みの訴えのビラを配りながら自分の成人式に出席した。今年は「新有権者と若者の集い」で講演をさせてもらった。婦人参政権獲得運動の中心だった市川房枝さんと一緒に活動をしてきた人たちが主催した集まりだった。質問がたくさん出て、僕も普段よりもたくさんのことを話した。一番印象に残っている質問は、「川田さんは世論が大事だというけれど、世論が変わると社会がどの程度変わるのか」と聞かれたことだ。僕はとっさのことで、「世論が変われば何でもできると思う」と答えた。もちろん命を生き返らせたりはできないが、世論にはそれほどすごい力があると思っている。そのことを若い人たちに伝えたかった。僕は薬害エイズの運動を通して世論の力というものを感じた。世論を味方につけ闘うことで、国に責任を認めさせるということができた。残念だが、謝罪はあと一歩で取れなかったけど・・・。

 2月3日の朝日新聞夕刊の文化欄にジャンリュック・ナンシー氏のインタビュー記事が載っていた。“従軍慰安婦”報道で暗い気持ちになっていたのが、この記事を読んで元気が出た。ジャンリュック・ナンシー氏はこう言っている。「歴史を知ることは必要ですが、世界が変わるのは単に歴史に学ぶからだけではないはずです。人類の自己意識のようなものが、時代とともに少しずつ目覚めていく。私はそう考えています。自己意識というのは普通のひとびとの感覚といってもいいものです。たとえば、ヨーロッパで17世紀の農民の生活は悲惨なものでしたが、それを疑問に思う人はいませんでした。19世紀の労働者のひどい状況に関心を払う人もわずかでした。地球上には、抑圧や貧困がいまも存在するけれど、それが問題だと思うまでには人類の意識は変わってきたのです」と。「大きな時代の変化への恐れから、自分たちだけの狭い世界に戻ろうとする動きがあるのは確かです。平等や博愛といった言葉が中身のない空疎なものになっていることにもみられるように、危険な動きに対抗する思想がないという問題もあります。しかし、たとえば、民族にとらわれない開かれた歴史教育をめざす動きはフランスでも広がっています。21世紀の世界は開かれた方向に向かうと私は確信しています」とも。そして、「新しい生きた思想や哲学が生まれないことには、知識人も責任があるのではないですか」という編集委員の質問に「もちろん責任はありますが、特権的な知識人が真理を教えるという時代は、間違った夢を信じた20世紀の知識人とともに終わってしまったのです。新しい思想は、人がともに生きている現実に目を向ける中から生まれるはずです。それは知識人だけの役割ではないのです」という言葉に僕は感動した。「普通のひとびとの感覚」が「抑圧や貧困」を「問題だと思うまでには人類の意識は変わってきた」ことが薬害エイズの運動であり、「新しい思想」は薬害エイズの運動を通して学んだことだと思う。薬害エイズの本当の解決はまだこれからで、薬害エイズの問題を通して「開かれた歴史教育」を訴えていきたいと思う。